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同窓生コラム

イタリアインターンシップ紀行③ US14武田敬子

イタリアインターンシップ紀行③ US14武田敬子

US14武田です。
2017年の晩夏、イタリア・シエナにて行政書士としてインターンシップを経験し、そのときの体験談を行政書士会の会報に3回に分けて寄稿したので、これを共有したいと思います。今回が最終回です。

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同窓生コラム イタリアインターンシップ紀行③

旅行ではできない様々な経験をさせてもらったが、3回でお伝えするには表現力が未熟だとつくづく感じる。初めてのイタリアでイタリア人に対する先入観が覆り、親切、綺麗好き、オープンさにすっかりファンになってしまった。その良さが少しでも伝われば、と願う。

イタリアで困ったこと

帰国のバスのチケットをネットで予約した際、日にちは合っているが時間が異なり予約された。使いづらいホームページ経由で何回か変更を試みたができないので、バスのチケットオフィスに行って変更しようとしたら、ネットで予約したものはネットでしか変更できないという。「いや、ネットでも変更できない」「実際にシステム上で変更を試みたけどできない」と、押し問答になったことがあった。人によって返事が異なるからと友人にも頼んで再度一緒に行ってもらったが駄目である。しょうがなくメールで変更できるか問合わせたが、出発は明後日。イタリアだと翌日返事がこないかも。買い直しか、と思っていたら、翌日迅速に返事が来た。しかもできることは何でも協力するとのメールでほっとした。
チケットオフィスでも英語が話せる人は一部で、話せる人でもややこしくなってくると「私は英語が話せない」と逃げられ、こちらも完璧に話せるわけではなく、悔しい思いをした。相手からすれば「イタリアのシステムをわからない変なアジア人」と思われただろう。
私は外国人のVISA申請を主業務としており、外国人のお客様が多い。日本にいる外国人の気持ちや不便さはわかっているつもりだったが、実感として理解していなかったことが今回よくわかった。
日本では看板も申請用紙も行政サービスも殆ど日本語だけで、外国人にとっては必要最低限の情報も入ってこない。少しイレギュラーな事態に陥ると、相手のやり方が悪いのかシステム上の問題なのか言葉で説明できず、諦めてしまうこともあるだろう。ある時お客様から「先生、この手紙何?」と見せられたのが警察から交通違反による講習受講の通知だった。行かないと免許停止になるというもので、急いで警察に行ってもらったことがある。期せずして法に違反することもあるのだ。
ルームメイト、台湾人淑華の友人は、10年イタリアに住みようやくイタリアの諸システムがわかった、と言っていたという。同国人の友人がいても通常10年くらいかかるくらい、異国に住民として住むということは大変なのだろう。
以前日本にいるネパールのお客様が「日本は住み辛い」と言っていた。外国人のお客様からは日本は安全できれいで良い国だ、ということしか聞いたことがなく、そんな不満を言う人に会ったのは初めてだ。聞くと、ネパール人は2年に1回ほど1~2か月の長期休みを取る。前回は結婚のため1か月休みを取ると言ったら、辞めてと言われたそうだ。また、日本では会社に着て行く服を細かく決められるが、カナダの親戚はカフェで働いているが何を来て働いても良いのだと羨ましそうに言っていた。
日本では年齢や性別などでこうあるべき、と決められることが多いようだ。会社ではキャミソールは駄目、年齢にふさわしい格好をしろ、など。しかしイタリアでは会社でも多くの女性がキャミソールを着ていたし、年齢に関係なく好きな格好をしており、それを批判する人はいなかった。私が夏なので日傘を持参したいが、イタリアで日傘をさす人はいないですよね?、とイタリア駐在経験者に聞いた際、イタリア人は他人が何をしていても気にしないから大丈夫、と言われた。結局日傘は持参しなかったが、確かにさしても誰も何も思わない雰囲気である。持ってくれば良かったと何回思ったことか。日本にも良いところはたくさんあるが、個人は個人、迷惑にならなければ大抵のことは構わないが最後は自己責任、という考えがもう少し浸透しても良いように思う。
同じく困ったのがイタリア人のおしゃべり好きである。仕事の際は英語を使ってくれるが、ランチ時などはすぐイタリア語でおしゃべりが始まる。しかも話好きなのでいつまでも終わらない。英語でも全て理解できないのに、イタリア語ではチンプンカンプンである。自分から積極的に英語で話しかけ、もっと自分のことを話さないと相手も何を聞いて良いかわからない。自分がオープンになること、イタリア語を少し使うととても喜んでくれるので、馴染むことの大切さを学んだ。

★トイレ

事務所のトイレは海賊の宝箱をあけるような昔ながらの鍵がささっており、その鍵を回して閉めるようになっている。鍵の位置がずれると鍵が開かなくなりガチャガチャしても開かず焦り、数回助けを求めた。イタリアでは半数以上がこの鍵方式のトイレだった。事務所は常時人がいるが、教会のトイレに行ったとき、お金を払う人からトイレまでが遠く、閉じ込められたらどうしようと思っていたら案の定閉じ込められ、ドアをどんどん叩いて’HELP!’と大声を上げたこともあった。AirBnBのバスルームでも鍵が開かなくなり助けられた。前に泊まった日本人も閉じ込められたという。ホストが外出していることもあるのでトイレにはスマホは必ず持って入るように言われた。
公共のトイレは殆どなく、トイレに行くにはBarでコーヒーを飲むついでに行くしかない。安いところではカプチーノが1~1,5ユーロ(140-200円)、教会、駅などでトイレ使用だけなら0.5~1ユーロというところが多い。1ユーロしか小銭がなく、トイレから出てきた人に50セント2枚に両替を頼んだこともあった。依頼50セント硬貨は貯めるようにした。慣れてくると美術館、スーパーなど無料のトイレがあるところを覚えて利用できる。
ローマまでバスで行った際、高速にパーキングエリアがあるのを見たことがないし、3時間どうするのだろうと思っていたら、バスの中にトイレがついていてほっとした。しかしこのトイレ、洗面台と蛇口が遠く、水を出しても洗面台に入っていかず、バスの中にだだ洩れである。最初何の間違いかと思って蛇口を引っ張ったりして試したが届かなかった。紙がない、水が出ない、というバスのトイレはたくさんあったが、流石に洗面台と蛇口が連結していないバスは1回だけだった。
ところが、帰国のためローマ行きのバスに乗った時、トイレはあると安心していたら、なんとトイレがついていなかった!運転手さんにトイレは?と聞くと我慢するしかないと(いうようなことをイタリア語で)言う。いやいや3時間も我慢できないって。我慢も限界に達する頃、バスが止まり乗客が乗ってきた所は一般道であった。今を逃して高速にまた戻るともう駄目だと運転席に走り、「我慢できない」と言うと、鬼気迫っていたのだろう。じゃそこで行ってきて、と近くの建物を指さした。Barに入るときのために小銭だけを持って、パスポートも飛行機のチケットも荷物も全て置いて運転手さんを信頼して建物に走った。そこは駅だった。用を済ませ、今度はバスが出発していたらどうしよう、と焦りつつ走っているとクラクションを鳴らされた。乗るべきバスを通り越していたのだった。顔を覚えていてくれてありがとう。
他の乗客は3時間トイレに行かなかったので、イタリア人は膀胱がもともと大きいのかもしれない。

★ルームシェア

台湾人淑華、トルコ人アイシェと3人でルームシェアをしていた。部屋は別々で、シャワーとキッチンは共同である。一番最初部屋に入るとき、ドアに外から鍵がささっており、入室しているときに外から鍵をかけられるのではないか?と心配したが、後で聞くと自分が不在時に鍵をかける用だという。幸いなことに鍵をかけたことは一度もなかった。話しかけても良いときはドアを全開か半開きにしておき、邪魔されたくない時はドアを閉めておくようだ。
食事はどうしたら良いかと思っていたが、各自食べたいものを作るのだった。お互い何を作るのか物珍しいので、作る時から興味津々。一緒に食べるときは「試してみる?」、「ちょっと食べても良い?」と聞く。海外で働いているだけあり、二人とも考えはしっかりしていた。アイシェは大学を卒業したばかりで、アジアには行ったことがないという。日本には八百万の神がいて樹や山、トイレにも神様がいらっしゃる、と話すとびっくりしていた。
トルコはサウジアラビアのように厳しくないのでアイシェの服装は至って普通だったが、イスラム教=一神教である。私はお客様にパキスタン人も多いことからイスラム教は一時いろいろ勉強したことがある。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は同じ神を崇める一神教で、アイシェにしてみれば神様は一人、と信じて育ったのに、山にも大根にも神様がいるとは??毎日お祈りをするのか、食べることもできないのではないか、と思ったに違いない。残念ながら私の英語ではきちんと多神教や輪廻について伝えられたとは思えないが。
アイシェがトルコの朝食を作ってくれたことがあった。ブレギというパンの中には炒めたジャガイモ、玉ねぎ、唐辛子のような赤い香辛料が入り、パンにはゴマがふってあり、大好物になった。具のジャガイモ、玉ねぎは卵でとじるともう一品となった。食後にはコーヒーを入れてくれる。トルココーヒーは粉と砂糖と水をポットにあらかじめ入れて沸かし、デミタスカップに入れて飲む。粉も一緒に入るため、カップの底には粉が厚く溜まる。飲み終えたらカップをソーサーにひっくり返し、カップに残った粉が何に見えるかで占いをするのである。花、動物、物など思い思いに何に見えたかを言うと、アイシェがネットで調べて意味を答えてくれた。
アイシェは食べ物はいちいち豚肉が入っているかどうかを聞いて、入っていれば決して口にしなかった。1回私が豚肉を買ってしまい、謝りながら調理をした際、気にしてないといっていたが、調理が終わった後、窓をあけ換気扇を強力に回していた。淑華に「悪いことしたかな」と聞くと、「気にしなくてよいんじゃない」と言われたので、それからも豚肉は買った。ただアイシェがいないときに調理するようにしたが。
アジアの人は笑う時に(もともと細い)目が細くなるね、と言われ目がパッチリしているアイシェは笑う時も目を細めないことに気が付いた。日本人は清潔好きで外国人にはウォシュレットが人気。ボタンを押すとお尻をお水で洗ってくれるというと、Netで調べて友人に早速FBで報告し、皆からとても反応が良かったと報告してくれた。
アイシェはインターンでまだ収入がないこともあり、お金を使う代わりに頭をフル活用し大好きな旅行をしていた。ヒッチハイクをしたり、出発の日には1日分のブレギを焼いていた。私も学生時代初の海外をバックパック旅行した際は、節約したことを懐かしく思い出した。物を借りること、自分のしたいことを人に聞くことを物おじせず、ある時スーツケースの重さを図りたいが簡易秤を持っていないか聞かれ、淑華も私も持っていないというと、翌日あったと言いに来た。何と薬局にあったという。私たちの住まいから一番近いお店が薬局だったが、そこで聞いたという。私だったら諦めるか、聞くとしても薬局は選ばないが、とにかく聞いてみることだなと感心した。そんなアイシェの友人もバイタリティがあり、友人はドイツでインターンをするためにドイツに行ったらインターンを受け入れないと何故か言われ、私なら途方に暮れるところ、その足で裁判所へ行き、そこにいる弁護士に片っ端から直談判し、受入れ先を見つけたという。
アイシェからも友人からもとにかく行動する、信じるものは救われる、ということを学んだのは大きな成果であった。知らない間に頭でっかちになって批評家になっているようだ。人はセルフイメージに捕われ、できないと思っているから変わらない、という言葉を実感として感じた。
イタリアの人は本当に優しかった。遺跡の由来を1時間も教えてくれたり、待ち時間にメニューの見方を教わっていたら、その人は食べ終わり出てきた人だったり。ワインの試飲をしていたら、一緒に飲みませんかとご夫婦が誘ってくれたり。バスが混んで打刻機まで近づけないとき、「パスしなさい」と言われ切符を手渡すと、切符は打刻機近くの人まで次々にパスされ、打刻されたら逆の手順で返ってくる。東京では困った人がいても見て見ぬふりをする人も多いが、イタリアではすぐ声をかけてくれる。言葉が通じなければ、近くの英語がわかる人がすぐ答えてくれる。
今回のイタリアでの経験と交流は大きな影響を与えてくれた。私も一期一会の精神で見ず知らずの人へも困っていたら声をかけ、異国で頑張るお客様に寄り添いつつ、自分の限界を突破していきたい。

写真
①ドイツ系FLIX Busは綺麗でトイレもあるが、イタリア系は・・・
②事務所のトイレ。ドアの色が真っ赤でおしゃれ
③暮らした部屋
④アイシェの作ってくれたトルコの朝食
⑤パーティに呼んでもらったお礼にジャパニーズパーティ

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US14 武田敬子

大手外資メーカーに就職後、自分で時間を管理したいと行政書士に。武田行政書士事務所代表。主業務は外国人の在留資格取得、帰化、契約書作成、相続など。中国、韓国、パキスタン、ミャンマー、ネパールなどアジアのお客様が8割。外国人の社長が多いことからきちんとアドバイスしたいとBBTに入学。http://visajp.com/